HOME > 明治天皇聖蹟 > 第7回/農民収穫御覧

聖跡のご紹介

明治天皇 絵画と聖蹟「第7回 農民収穫御覧」

明治元年(1868)7月、江戸が「東京」と改められました。9月20日、明治天皇は岩倉具視ら約3千人を従えて東海道を下り、東京へ行幸されます。それに先立ち、8月27日には122代天皇として即位され、元号が「明治」と改まりました。そして、在位中は改元しないとする「一世一元(いっせいいちげん)の制」が定められました。

9月22日(現在の11月3日)、明治時代最初の天長節を迎え、天皇は満16歳になられました。27日には熱田神宮に参拝されます。行幸前には勅使を遣わし、王政復古を奉告し、戦乱続く東北の平定を祈願する宣命(せんみょう)を下賜(かし)されていました。この宣命と参拝時に奉納された金の大判は、今でも熱田神宮の宝物となっています。

聖徳記念絵画館壁画「農民収穫御覧」の絵は、神宮近くの八丁畷(はっちょうなわて)で初めて稲刈りを御覧になられた時の様子です。農業をわが国の大本(おおもと)と思(おぼ)し召される天皇は、農民達の苦労を労うため饅頭を分かち与えられました。

鳳輦(ほうれん)の右で平伏しているのは、名古屋藩主の徳川慶勝父子です。徳川の世が終わり、天皇を中心とする国家体制へと移り変わったことが窺えます。

*聖蹟に行ってみませんか*

〔東ノ宮神社〕名古屋市瑞穂区

現在、八丁畷の跡地である東ノ宮神社には、農民収穫御覧を記念した「明治天皇覧穫之所」「明治天皇八町畷御野立所」の碑が建てられています。

■名鉄中央本線「堀田駅」より徒歩5分

聖徳記念絵画館壁画「農民収穫御覧」(森村宜稲画)
明治元年9月27日(1868年11月11日)尾張国熱田八丁畷(愛知)
(鳳輦の前で稲を捧げているのが岩倉具視、その右が徳川慶勝父子)
明治天皇行幸の記念碑「明治天皇八町畷御野立所」
東ノ宮神社 名古屋市瑞穂区
明治元年(1868)9月20日、天皇は京都を出発して東京へ向われた。
この日の宿泊地(行在所)は東海道の大津宿の本陣であったが、
現在、本陣跡には記念碑が建立され、今もその地域は「御幸町」と呼ばれ、
往時を偲ばせている。
八丁畷で農作業を天覧に供した農民たちには天皇から「御幸饅頭」が分ち与えられた。
饅頭を謹製した老舗の菓子店「つくは祢屋」は、今も営業を続けている。