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聖跡のご紹介

明治天皇 絵画と聖蹟「第15回 畝傍陵親謁(うねびりょうしんえつ)」

明治10年(1877)、明治天皇は、御父孝明天皇の十年祭を行うとともに、初代神武天皇の畝傍山東北陵(うねびやまのうしとらのすみのみささぎ)にご参拝するために関西へ行幸しました。

2月10日、天皇は神武天皇陵に近い今井行在所(あんざいしょ)(称念寺)に到着されました。称念寺では、天皇の御代替りなどに舞われる国栖舞(くずまい)が天覧(てんらん)に供されました。

翌11日は紀元節(きげんせつ)です。幕末、それまで定かでなかった神武天皇陵が現在の地に定められ、明治6年には紀元節が制定されました。『日本書紀』に記された神武天皇即位の日を建国の紀元とし、その日を太陽暦に換算して2月11日を紀元節としたのです。欧米の文物を取り入れて文明開化が進められていたこの時期、天皇は我が国の悠久の歴史に思いをいたして紀元節を制定されたものと拝されます。

天皇は、この紀元節に神武天皇陵にご参拝し、明治日本の安泰を念じられたのでした。 

  みそぎして君がまつれる畝火(傍)山

    神もうれしとうけ給ふらむ

行幸に供奉(ぐぶ)していた熾仁(たるひと)親王が天皇のご参拝を言祝(ことほ)いで詠んだ歌です。

この日の夜、地元の人々は畝傍山の山腹に提灯で「幸」の字を描き、天皇のご来訪を奉祝しました。

 

*聖蹟に行ってみませんか*

〔畝傍山東北陵〕        奈良県

神武天皇は現在の奈良県橿原市で即位されました。畝傍山の麓には天皇の御陵が築かれており、御神霊をお祀りする橿原神宮が隣接しています。

■近鉄「畝傍御陵前」駅より徒歩8分

聖徳記念絵画館壁画「畝傍陵親謁(うねびりょうしんえつ)」(吉田秋光(しゅうこう)画)
明治10年(1877)2月11日 畝傍山東北陵(奈良県)
畝傍山東北陵