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聖跡のご紹介

明治天皇 絵画と聖蹟「第17回 岩倉邸行幸」

明治16年(1883)7月19日、明治天皇は、胃がんのために病臥(びょうが)していた岩倉具視(ともみ)を自宅にお見舞いになりました。5日に続くもので、12日には皇后(昭憲皇太后)もお見えになっています。

聖徳記念絵画館壁画「岩倉邸行幸」の絵は、天皇が岩倉をお見舞いになる光景です。起き上がることのできない岩倉は、布団の上に袴を置いて礼装の代わりとし、天皇をお出迎えしています。4箇所に置かれた氷塊が酷暑の1日であったことを物語ります。岩倉が死去したのは、20日のことでした。

徳川幕府に代わる政治体制を築きあげていくうえで、岩倉の手腕は欠かせませんでした。明治4年、岩倉が大規模な使節団を率いて米欧諸国を巡遊し、新たな知見がもたらされたことにより、わが国の近代化は大いに進みました。明治憲法の制定にあたって、岩倉は草案起草の指針を伊藤博文に示して道筋をつけ、死去する直前まで明治日本の行く末に心を砕いています。

また、岩倉は荒廃し始めていた京都御所および周辺の整備・保存に熱心に取り組んでもいます。

*聖蹟に行ってみませんか*

〔旧岩倉邸 六英堂(西宮神社)〕   兵庫県西宮市

六英堂は、東京丸の内にあった岩倉具視の私邸。明治新政府を担った三条実美、岩倉具視、西郷隆盛、大久保利通、木戸孝允、伊藤博文の6人(六英傑)が度々会合を重ねたことから、六英堂の名が付けられたと言われています。昭和52年、西宮神社に移築され、今も保存されています。

■阪神本線西宮駅より徒歩5分

聖徳記念絵画館壁画「岩倉邸行幸」(北蓮蔵画)
明治16年(1883)7月19日 岩倉邸(東京)
〈明治天皇(左)・岩倉具視(中央)〉
旧岩倉邸 六英堂(写真提供:西宮神社)