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聖跡のご紹介

明治天皇 絵画と聖蹟「第20回 広島大本営軍務親裁」

明治27年(1894)9月13日、大本営を広島に置くために天皇は東京を出発し、15日広島に到着されました。

大本営とは、陸軍と海軍を支配下に置く天皇直属の最高統帥(とうすい)機関です。日清戦争の勃発後、広島の宇品港(うじなこう)が戦場への物資輸送の基地となりましたので、大本営をその近くに置くこととなったのです。

聖徳記念絵画館「広島大本営軍務親裁」の絵は、深夜の大本営において、明治天皇(中央)が参謀次長の川上操六中将(手前)から戦況報告をお聞きになる光景を描いたものです。右手前に控えているのは、侍従武官長の岡沢精(くわし)です。

天皇の御座所は執務室と寝室を兼ね、食事を召される場所でもありました。近くには剣璽(けんじ)〔三種の神器のうち天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)と八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)〕が置かれました。また、天皇は冬の戦地で戦う軍人たちに思いを致し、ストーブを用いられませんでした。大本営の会議には連日のように臨御され、夜遅くまで戦地からの報告を待たれ、ご就寝が深夜になることもしばしばでした。

たむろしてよなよな見てし廣島の

  月はその夜にかはらざるらむ

               (明治40年)

広島大本営に滞在して軍議を行った当時を偲び、天皇が詠まれた御製です。

 

*聖蹟に行ってみませんか*

〔「明治二十七八年戦役広島大本営」碑〕  広島県広島市

広島護国神社に隣接する場所は、かつて広島大本営の建物があったところであり、大正15年(1926)に文部省の聖蹟に指定された。現在、「明治二十七八年戦役広島大本営」碑が残されている。

■JR広島駅より路面電車またはバスで約10分、「紙屋町」下車、徒歩15分

 

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聖徳記念絵画館壁画「広島大本営軍務親裁」(南薫造(くんぞう)画)
明治27年(1894)9月15日〜28年4月27日
第五師団司令部(広島県)
(中央:明治天皇)
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「明治二十七八年戦役広島大本営」碑