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聖跡のご紹介

明治天皇 絵画と聖蹟「第24回 大葬(たいそう)」

 

大正元年(1912)9月13日、東京の青山練兵場(今の明治神宮外苑)に設けられた葬場殿(そうじょうでん)において、明治天皇の大喪(たいそう)の儀が行われました。

 

午後8時、天皇のご霊柩を乗せた轜車(じしゃ)は、皇居を出発して青山葬場殿へ向かいました。大正天皇と皇后、そして昭憲皇太后は、二重橋近くで明治天皇にお別れを申し上げました。弔砲(ちょうほう)が轟き、寺院の弔鐘が鳴り響き、軍楽隊が弔曲「哀の極」(かなしみのきわみ)を吹奏するなか、葬列が進んでいきます。

 

沿道のガス灯などが葬列を照らし、道端は奉送の人々で立錐(りっすい)の余地もありません。

 

午後11時前、ご霊柩は葬場殿に到着、式典終了後の翌14日深夜、青山仮停車場から霊柩列車が発車しました。東海道線沿線の停車場では、大勢の人々が明治天皇と最後のお別れを申し上げました。夕方、列車は京都桃山の仮停車場に到着、すべての奉葬が終わったのは、翌15日午前のことでした。

 

学習院長を任されていた乃木希典(のぎまれすけ)陸軍大将は、轜車が皇居を出発したそのとき、妻静子とともに、明治天皇の後を追って殉死を遂げました。高潔な乃木大将の精神は、現在に至るまで人々に深い感銘を与えています。

 

*聖蹟に行ってみませんか*

【伏見桃山陵】        京都市伏見区

伏見桃山に御陵を設けることは、ご生前の明治天皇のご希望であった。昭憲皇太后の伏見桃山東陵が隣接している。

■JR奈良線「桃山駅」から徒歩20分

 

聖徳記念絵画館壁画「大葬(たいそう)」(和田三造画)

大正元年(1912)9月14日

伏見桃山(京都)
伏見桃山陵